峯村部材店主

南方紀伝 巻五の書誌問題――活字本・伝本・底本・巻立て


このページは、明治期活字本第25~32画像に収録される「巻五相当部分」について、写本第4冊末尾との接続、本文範囲、内部構成、巻末識語との不一致、底本・伝本・巻立て上の未解決点を整理する書誌案内です。

巻五の現代語訳や事件ごとの本文をここで繰り返すのではなく、なぜ本サイトがこの範囲を単純な「写本第5冊」や「後世の補遺」とせず、位置づけ未確定の活字本文として扱うのかを説明します。

本サイトでの正式な扱い:活字本第25~32画像は、活字本巻五相当部分――伝本・巻立て上の位置づけ未確定として公開します。

この範囲を、失われた写本第5冊、原著者による確定的な第五巻、後世の付録・補遺・増補、近藤瓶城による新規追加のいずれとも断定しません。

今回確認した手書き写本4冊には、第25画像冒頭の赤松満祐上洛記事より後へ直接対応する本文がありません。そのため巻五では、写本との逐字照合ではなく、明治期活字本の第一次解読・校訂・現代語訳を中心としています。


巻五の書誌問題

対象範囲と管理方法

  • 対象画像:明治期活字本第25~32画像
  • 印刷頁:48~63頁
  • 本文年代:応永34年末から長禄2年(1427~1458年)
  • 作業区分:part-A1~part-A8
  • 巻末書誌資料:第33画像右丁・印刷64頁
  • 公開本文:『南方紀伝』巻五・全8節

part-A1~A8は、活字本を画像単位で解読・校訂するために付した作業上の管理番号です。明治期活字本の原見出しや、中世の本文に存在した章番号ではありません。

第25画像には、写本第4冊末尾との重複部と、その後に続く巻五相当部分の開始部が同居します。第26~32画像には、今回確認した写本4冊に直接対応する本文がありません。

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第25画像――写本末尾との接続点

活字本第25画像の冒頭には、赤松満祐が上洛したという記事があります。これは手書き写本第4冊の編年本文末尾と内容上重なります。

この重複によって、写本本文と活字本巻五相当部分の接続位置を確認できます。ただし、上洛月は写本が十二月、活字本が十一月とするため、逐字・日付まで一致するわけではありません。

活字本は重複記事の直後に、永享5年の九州記事を挿入し、正長元年の足利義持死去、籤による足利義教選定、称光天皇崩御、後花園天皇践祚へ進みます。この位置から、本サイトでいう巻五相当部分が実質的に始まります。

接続が証明すること:活字本第25画像が写本第4冊末尾と連続する位置に置かれていること。

接続だけでは証明できないこと:第25画像以後の全本文が、現存写本と同じ伝本に由来すること。かつて現存写本に第5冊があったこと。巻五相当部分が原構成に属すること。

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第25~32画像の年代・内容対応

作業区分活字本画像年代主な内容
part-A1第25画像応永34年末~正長2年
永享5年記事を挿入
写本末尾との重複、義持死去、義教選定、後花園践祚、北畠満雅討死
part-A2第26画像永享2~8年義教政権、寺社参詣、赤松満祐、延暦寺弾圧、持氏・憲実不和
part-A3第27画像永享9~12年永享の乱、持氏父子自害、春王丸・安王丸逃亡
part-A4第28画像永享12~嘉吉元年結城合戦、一色・土岐処刑、大覚寺義昭、持氏遺児処刑
part-A5第29画像嘉吉元~3年嘉吉の変、赤松氏追討、義勝・義成、禁闕の変
part-A6第30画像嘉吉3~宝徳2年神器強奪、後南朝の再挙兵、成氏の鎌倉公方就任、義成将軍就任
part-A7第31画像宝徳2~康正元年畠山家督争い、上杉憲忠殺害、享徳の乱、成氏の鎌倉喪失
part-A8第32画像康正元~長禄2年五十子陣、堀越公方、神璽奪還、赤松政則出仕、活字本文終結

上表は作業台帳上の概要です。各画像には、災害、怪異、任官、外交、和歌、寺社、系譜などの短い記事も含まれます。

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なぜ「巻五相当部分」と呼ぶのか

明治期活字本では、応永34年後の記事が第五巻として連続して収録されています。そのため、刊本の構成を説明する上では「巻五」と呼ぶことができます。

しかし、今回確認した手書き写本は全4冊で応永34年に終わり、第25画像冒頭より後の対応写本がありません。また、近藤瓶城の巻末識語も『南方紀伝』を元弘元年から応永34年までの書と説明します。

このため、本サイトでは「作品成立時から確定的に存在した第五巻」という意味を避け、刊本上の位置を表す巻五相当部分という表現を採用します。

  • 「巻五」:明治期活字本と公開本文の便宜上の巻名
  • 「巻五相当部分」:原構成・底本・伝本上の位置づけが未確定であることを含む書誌上の表現
  • 「活字本巻五」:写本第5冊が確認されたという意味ではない

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巻末識語との不一致

活字本第33画像右丁には、明治33年(1900年)6月付の近藤瓶城識語があります。識語は、『南方紀伝』を後醍醐天皇の元弘元年から称光院の応永34年までを記す書と説明します。

さらに、興国2年から正平21年まで二十七年間の記事が欠けること、作者が詳らかでないことを記し、その後に「南方紀伝下終」とあります。

ところが、識語の直前まで収録されている活字本文は、応永34年を越えて長禄2年まで続きます。すなわち、同じ刊本の中で、本文の実際の終点編集者が説明する収録範囲が一致しません。

確認対象示される終点
手書き写本第4冊応永34年(1427年)
活字本巻五相当部分長禄2年(1458年)
近藤瓶城の巻末識語応永34年までの書と説明

この不一致は、巻五相当部分の底本・伝本・編集段階を考える中心問題です。ただし、識語だけから、近藤瓶城が巻五を本文外と判断した、巻五を見落とした、別資料を付載した、といういずれかへ決めることはできません。

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本文内部に見える編集上の問題

巻五相当部分は、正長・永享・嘉吉・文安・宝徳・享徳・康正・長禄年間の記事をおおむね編年順に並べます。しかし、内部には単純な同時代編年記録だけでは説明しにくい特徴があります。

  • 現在の年代順から外れる記事の先取り・挿入
  • 記事の年代と一致しにくい人物名
  • 南帝・南皇・南帝若宮など、比定の難しい皇族呼称
  • 和歌・怪異・説話・因果応報的な政治評価
  • 軍勢一覧や人名列挙での誤刻・異読候補
  • 他史料と異なる日付・年齢・勝敗
  • 後南朝・神璽・赤松氏再興を強く結びつける終結構成

これらが、原史料の追記、錯簡、複数資料の合成、伝本上の改変、活字化時の誤刻、後世の人物名への置換のどれに由来するかは、個別に検証する必要があります。

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編年外挿入と年代不整合

第25画像の永享5年九州記事

第25画像では、応永34年末の記事から正長元年へ進む途中に、永享5年の九州記事が挿入されています。しかも、少弐政資・大内政弘と暫定的に読んだ人物名は、この年代と合いにくく、別人名・誤刻・後世置換の可能性があります。

第30画像の足利成氏記事

第30画像には、足利成氏の鎌倉公方就任に関する記事が、周囲の編年との関係で先取りされたように見える箇所があります。偏諱を誰から受けたのか、記事がどの年へ属するのかを再確認する必要があります。

人物名の年代不整合

少弐・大内・斯波・富樫・赤松などの記事には、活字のまま読むと一般的な人物年代と合いにくい名前があります。これらは、史料本文が伝える値として残しつつ、誤刻、異本、後世の名前への置換、読み違いを比較する必要があります。

通説に合わないという理由だけで本文を通常の人物名へ置き換えることはしません。

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南朝・後南朝系譜の問題

巻五相当部分には、「南帝」「南皇」「南帝若宮」「後亀山院第一皇子」「寛成親王」などの呼称が現れます。しかし、各人物をどの皇族に比定するかは一様ではなく、年代・系譜・他史料との照合が必要です。

  • 嵯峨の「南帝若宮」の人物比定
  • 大覚寺義昭と関係する「南帝」の比定
  • 禁闕の変後に再挙兵する「南皇」の系譜
  • 長禄期に赤松遺臣が襲撃する後南朝皇族
  • 「後醍醐天皇より三世」とする系譜表現

本サイトでは、活字本文の呼称を保存し、現在の皇統系図へ無条件に統一しません。人物を特定できない場合は、「旧南朝方」「後南朝皇族」「人物比定未確定」などの説明を併用します。

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禁闕の変・神璽移動の記事

巻五相当部分では、嘉吉3年(1443年)の禁闕の変で神器が奪われ、その後、旧南朝方が神璽を保持し、長禄期に赤松遺臣が奪還する流れが大きな軸となります。

しかし、宝剣と神璽、辛櫃、奪取者・奪還者、移動日、還御日、後南朝皇族の系譜には、判読・史料間異同が残ります。神璽奪還日も、活字本文の値と他史料を改めて比較する必要があります。

また、神璽奪還の功績と赤松政則の出仕・赤松氏再興を結びつけて巻五が終わる構成は、本文の編集目的を考える上で重要です。ただし、この構成が赤松側伝承によるものか、原史料の編年上の終点なのかは未確定です。

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歴史記事・評価・伝承の混在

巻五相当部分は、事件を列記するだけでなく、人物評価、説話、和歌、怪異を通じて事件の意味を説明します。

種類公開上の注意
政治的評価義教の政治を「薄氷を踏む」ような恐怖政治として描き、嘉吉の変へ結びつける事件記事と史料の道徳的評価を区別する
皇位継承伝承一休の和歌が後花園天皇の選定に関わったとする同時代の確定事実とせず、伝承として扱う
怪異・災異光物、両日、火柱、水鳥、猿沢池の異変など自然現象・説話・政治的兆候の叙述を区別する
詩歌御製、一休の歌、義昭の歌、神璽還御の漢詩句切り・異本・作者・逐字を再校訂する
外国記事明使・朝鮮使・琉球人、使節行列・音楽使者名・日付・目的を外交史料と照合する

この混在は史料の特徴ですが、歴史上の出来事、後世の伝承、編者の評価を同じ確度で扱わないことが必要です。

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判読・校訂保留の規模

作業台帳では、part-A1~A8に65件、巻末識語に4件、合計69件の判読・校訂保留事項を登録しています。

区分保留件数主な問題
part-A18九州記事の人名・年代、一休和歌、南帝若宮、即位日
part-A27大内・河野人名、寺社・地名、山門処分日
part-A38斯波家督、御製、追討軍、持氏法名、自害者一覧
part-A48結城包囲軍、一色・土岐、南帝、義昭最期、持氏遺児
part-A58義教暗殺関係者、院号、九州人名、禁闕の変参加者
part-A68神器、南皇、佐々木・富樫人名、成氏記事、疫病人数
part-A78畠山派閥、赤松則尚、府中合戦勝敗、顕房自害地
part-A810関東合戦、政知下向日、南皇系譜、神璽還御、政則系譜
巻末識語4欠落年数、巻五の成立・位置づけ、作者、次史料境界

件数は問題の重要度を直接示すものではありません。一件でも、巻五の成立・底本・伝本上の位置づけのように、ページ全体へ影響する最重要問題があります。

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確認できること

  • 明治期活字本には、第25~32画像に応永34年後から長禄2年までの連続本文が収録されている。
  • 第25画像冒頭は、写本第4冊末尾の赤松満祐上洛記事と重なる。
  • 今回確認した写本4冊には、重複記事より後へ直接対応する本文がない。
  • 活字本巻五相当部分は、正長から長禄までの主要事件を編年形式で収録する。
  • 活字本文の終点は、神璽奪還と赤松氏再興の記事を含む長禄2年である。
  • 第33画像右丁の巻末識語は、『南方紀伝』を元弘元年から応永34年までの書と説明する。
  • 「南方紀伝下終」の後、第33画像左丁から別史料「菊池伝記総目録」が始まる。

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確認できないこと

  • 巻五相当部分が、作品成立時から存在した原構成の第五巻であること。
  • 現存写本第4冊の後に、失われた第5冊が存在したこと。
  • 活字本巻五相当部分が、現存写本と同じ伝本から翻刻されたこと。
  • 巻五相当部分が、別系統写本・複数伝本・別史料のいずれに由来するか。
  • 巻五相当部分が、後世に増補されたこと。
  • 巻五相当部分を近藤瓶城自身が接続したこと。
  • 近藤瓶城が識語で巻五相当部分を除外して説明した理由。
  • 本文内部の編年外記事が、原史料の追記・錯簡・編集・活字化のどの段階で生じたか。

これらは、可能性として比較検討できますが、現段階で公開上の事実にはしません。

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公開上の編集方針

  • ページ名・読書案内では、読者の便宜上「巻五」を使用する。
  • 書誌説明では「活字本巻五相当部分――伝本・巻立て上の位置づけ未確定」と表示する。
  • 巻五には、対応する手書き写本画像が確認されていないことを明記する。
  • 「写本翻刻」ではなく、活字本の第一次解読・校訂であることを区別する。
  • 活字本文、校訂本文、現代語訳、史実注記、書誌注記を分離する。
  • 人名・日付・勝敗・系譜が通説と異なっても、活字本文値を黙って修正しない。
  • 編年外記事や不整合を、単なる誤りと決めず、編集層の問題として記録する。
  • 巻末識語を明治期編集者の説明として、本文から分離する。
  • 「菊池伝記総目録」を『南方紀伝』本文へ含めない。

この方針により、読者は巻五の物語を読むことと、その本文がどのように伝わったかを考えることを分けて行えます。

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第二次校訂の課題

優先調査項目目標
最優先活字本巻五の底本・伝本系統第25~32画像がどの資料に由来するかを検討する
最優先巻末識語と写本終点応永34年終点の他写本・目録・刊本記述を確認する
最優先後南朝皇族系譜南帝・南皇・義昭・長禄期皇族等の呼称を史料別に整理する
最優先神璽移動史禁闕の変から長禄奪還まで、神器・人物・日付を比較する
編年外記事錯簡・追記・後補・編集上の先取りを分類する
人名年代不整合少弐・大内・斯波・富樫・赤松等の誤刻候補を校訂する
関東戦乱永享の乱・結城合戦・享徳の乱の地名・勝敗を照合する
義教政治・嘉吉の変事件・評価・怪異・因果応報的叙述を分離する
和歌・漢詩一休歌、義昭歌、御製、神璽還御賀詩を異本と比較する

第二次校訂では、活字本文を読みやすくするだけでなく、どの異同が活字の誤刻で、どの異同が伝本・編集段階に由来するのかを区別する必要があります。

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読者向け確認手順

  1. 写本第4冊末尾で、応永34年の赤松満祐上洛記事と大型朱印を確認する。
  2. 活字本第25画像冒頭で、同記事との重複を確認する。
  3. 第25画像内で、重複記事の後に別年代の記事が続くことを確認する。
  4. 第26~32画像を順に見て、長禄2年まで本文が続くことを確認する。
  5. 巻五ページで、活字本に基づく現代語訳・校訂本文を読む。
  6. 第33画像右丁で、近藤瓶城識語の「応永34年まで」という説明を確認する。
  7. 第33画像左丁から「菊池伝記総目録」が始まる境界を確認する。
  8. 写本4冊・本文5巻の問題ページで、巻五を含む全体構造を確認する。

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